TSNは、標準的なイーサネット、具体的にはIEEE 802.1規格が進化したものです。TSNは、イーサネット上でのパケット転送を使用してデバイスの時間同期を実行するメカニズム、協定時刻を使用して循環的なパケット伝送のスケジュールを設定する機能、およびすべてのネットワーク要素を設定するための標準的な一連のパラメータを提供します。デバイス周辺の複数の場所から関連付けられたセンサ読み取り値を必要とするTSNイーサネットベースの測定システムは、TSNの時間同期要素を使用します。TSN同期は、IEEE 802.1AS規格により提供されています。
IEEE 802.1ASはIEEE 1588プロファイルの1つであり、IEEE 802.1ASサブネット内のすべてのノードに共通の時間表記を提供します。複数デバイスの同期ではパケットベースの通信を使用するため、信号伝播の遅延による影響を受けることなく長距離にわたる同期が可能です。このプロファイルを使用したデバイス上でのI/O同期は1マイクロ秒未満ですが、システムの構成によっては数百ナノ秒範囲まで大幅に短縮させることができます。2つのエンドステーションを同期する場合、それらの間にIEEE 802.1AS準拠のスイッチを持つパスが必要です。このようなパスがある場合は、自動的に検出され、使用されます。NI-DAQmxを備えたCompactRIOコントローラは、TSNに対応したコントローラです。cDAQ-9185/9189デバイスには、IEEE 802.1AS準拠の内蔵型スイッチが搭載されているため、直接接続されている場合、または外部のIEEE 802.1AS準拠のネットワークインフラストラクチャがある場合に、同期することができます。
図1. NI-DAQmxおよびcDAQ-9185/9189をサポートするCompactRIOコントローラは、IEEE 802.1AS準拠のネットワークで使用されます。
TSNイーサネットベースの分散型測定システムを設計する際の重要なステップは、アプリケーションに使用するトポロジを決定することです。IEEE 802.1ASプロファイルはデバイス間のケーブル長を補完するものであるため、特定のアプリケーションにもたらされるトポロジの長所と短所に重きを置いたり、アプリケーションの必要性に最も適したハイブリッドトポロジを作り出したりすることができます。測定システムに一般的な3つのトポロジのオプションとして、線形、リング、およびスターがあります。
デイジーチェーン接続とも呼ばれるライントポロジでは、1本のバス線により、システム内のすべてのデバイスとホストが直接通信します。ライントポロジは最もシンプルであり、最も安価に実装できます。ただし、このトポロジが実際に役立つのは、内蔵型イーサネットスイッチを搭載したデバイスのみです。このトポロジ内の各デバイスは、直前のデバイスから100メートルまで離すことができます。そのため、このトポロジではあまり複雑になることなく、非常に長い距離に及ぶ拡張が可能です。ホップ長の制限については、デバイスの仕様書をご確認ください。
図2:ライントポロジ。
次に、ライントポロジの長所と短所を示します。
リングトポロジでは、ホストは最も効率の良いパスを通じてすべてのノードと通信します。よりシンプルなライントポロジからのループを完成させるには、リングトポロジ内で外部スイッチを使用する必要があります。データの移動や同期を向上させるためにこの冗長接続が自動的に利用されます (スイッチがIEEE 802.1ASに準拠している場合)。
図3.リングトポロジ。
このトポロジのメリットを利用するには、必要なプロトコルに準拠するスイッチを使用してネットワークを正しく構成する必要があります。スイッチは、Rapid Spanning Tree Protocol (RSTP) をサポートする場合はIEEE 802.1Qに、TSN同期をサポートする場合にはIEEE 802.1ASに準拠している必要があります。ただし、このトポロジを使用すると、トポロジ全体でRSTP仕様をサポートしてデータに最適なパスを確保できますが、図3に示すように、IEEE 802.1ASプロファイルはこのトポロジの一部のみでしかサポートされません。IEEE 802.1ASをサポートする2台のデバイス間のリンクが壊れている場合、同期データ通信は途絶されます。
次に、リングトポロジの長所と短所を示します。
スタートポロジでは、ホストは外部スイッチを通じてネットワーク上の各デバイスと直接通信します。デバイスは個別に直接スイッチに接続することができ、線内で相互に接続する必要はありません。スタートポロジ全体でTSN同期を実現するには、ネットワーク上のすべてのデバイスとスイッチがIEEE 802.1ASプロトコルに準拠している必要があります。ただし、ネットワーク上のすべてのデバイスにスイッチが組み込まれている場合、各デバイスからの冗長リンクをスイッチに追加して、ホストへの最適なパスをデータが探せるようにすることができます。この冗長接続では、メインの追加スイッチからの各デバイスの1本のケーブルに障害が発生しても通信は途絶しません。戻るための最適なパスを探すネットワークを利用するには、ネットワーク上のすべてのデバイスが802.1Qに準拠し、RSTPをサポートしている必要があります。
図4.スタートポロジ。
次に、スタートポロジの長所と短所を示します。
TSNイーサネットベースの分散型測定システムの3つの主要トポロジを組み合わせて、それぞれの長所を融合させたハイブリッドトポロジを作成し、アプリケーションのニーズに合わせることができます。ツリートポロジは、ライントポロジとスタートポロジの特徴を統合した一般的なハイブリッドトポロジです。さまざまなデバイスのグループを、ホストへの単一のライントポロジに沿ってより小さなスタートポロジに分割できます。異なるスタートポロジの部分を持つことによって、それらをネットワーク上の個別のサブシステムとして管理し、さまざまなタスクを実行できます。たとえば、IEEE 802.1ASプロファイルをサブシステムの1つで実行させることで、それらのデバイスはTSN同期を利用でき、もう1つのサブシステムで追加のイーサネットデバイスを接続して測定以外のタスクに使用することができます。これらのトポロジを融合させると、一部の短所も融合することになります。ツリートポロジでは、メインのライントポロジのリンクに障害が発生すると、下流にあるすべてのスター (トポロジ) サブシステムのネットワーク通信が途絶します。
TSNイーサネットベースの分散型測定システムのトポロジの選択については、正解は1つではありません。各タイプのトポロジの長所と短所を比較して、設計しているシステムのアプリケーションの特定のニーズを満たすことができるトポロジを決定する必要があります。
ネットワーク上で通信するには、イーサネットデバイスがそのIDとして使用するIPアドレスを取得する必要があります。これを実行するには一般的に3つの方法があります。DHCP、リンクローカル、およびスタティックIPアドレスの手動割り当てです。イーサネットベースのほとんどのデバイスはDHCPを発行してIPアドレスを取得します。デバイスをDHCPサーバがあるネットワークに接続する場合、デバイスは使用可能なアドレスをそのサーバから受け取ります。ネットワーク上にDHCPサーバがない場合、通常は数秒以内にデバイスがタイムアウトし、リンクローカルアドレスを取得する試行で応答します。使用可能なアドレスを探してネットワークをスキャンしなければならないため、このプロセスにはかなりの時間がかかる可能性があります。エンドステーションのIPアドレスを設定する最も手早くて信頼性の高い方法は、手動で割り当てることです。この場合は、同じアドレスを2台のデバイスに割り当てないように注意する必要があります。
デバイスと通信するホストPCでは、PCのネットワーク接続を正しく設定し、ターゲットデバイスのIPアドレスを認識させておく必要があります。PCとデバイスの両方がDHCPで設定されている場合、これは通常、自動で実行されます。デバイスがリンクローカルまたは手動割り当てのアドレスを使用する場合、そのデバイスに到達できるようにPCを正しく設定するための追加手順が必要です。
すべてのアプリケーションと同様、分散型アプリケーションもデバイスや接続の予想外の障害を処理できるようにする必要があります。分散型システムを実装する際、測定デバイスは通常、測定対象デバイスと同じテスト環境下に配置され、可能な限りセンサに近い場所に設置されます。つまり、測定デバイスが過酷で厳しい条件下に設置され、通常のデスクトップ装置が不正確なデータを出力したり、システム全体がダウンする可能性が少なくないということです。信号調節とDAQ装置がテスト環境に対する耐性を確実に備えていれば、初回で正確なデータを収集することを保証でき、コストのかかる再テストを行う必要がなくなります。考え得るシステム要件としては、非常に広い製品検証テスト温度範囲、衝撃と振動への耐性 (システムが計測対象機器に直接取り付けられる場合)、危険な場所への設置の認証保有などがあります。こうした要件に合致することで、海洋環境や爆発の危険性がある環境での安全なシステム稼動が保証されます。
さまざまな堅牢性の要件を満たす、DAQシステム用のケースを設計することは可能ですが、環境への耐性が試験済みで、あらかじめ認証を保有しているシステムを購入するほうがコストを抑えられる場合が多いでしょう。確実な堅牢性を備えた独自のソリューションを開発し、統合するには、設計、材料、テスト、コンプライアンスという手順を適切に踏んでいく時間に加えて、これらの手順にかかるコストがすぐにかさんでいく可能性があります。ベンダなら、これらのコストを数千に上るユニットに分割して償却し、より低いコストで同じだけのメリットを提供できます。
詳細については、堅牢性および環境に合った適切なシステムを選択する方法を参照してください。
測定デバイスが設置された環境において確実な耐性を維持できるようにすること以外に、これらのデバイス間の接続に障害が生じたり、損傷があった場合に起きる事象も考慮すべきです。測定システムトポロジに冗長リンクを追加することで、ネットワークはデータが流れる最適なパスを決定できるようになります。ネットワーク上のすべてのデバイスがIEEE 802.1ASとIEEE 802.1Qの両方に準拠しており、両方のプロトコルを実装するように設定されているリングトポロジまたはスタートポロジに冗長リンクを実装すると、ネットワーク内の1つの接続に損傷があったり、障害が発生した場合、次に使用可能な経路を使って、データの経路が自動的に再設定されます。
通常、このプロセスは、リンクが壊れたか、または復元されたかに応じて2~15秒かかります (ただし、正確な時間はネットワーク構成によって異なります)。アプリケーションがこの時間に対応できるようにするには、送信側に十分なバッファリングを持たせ、受信側がデータの一時的な割り込みを許可し、それらの割り込みに関わるアプリケーションレベルの領域を適切に処理できるようにする必要があります。
また、ハードウェアや接続が損傷を受けて、障害が発生する以外にも、測定アプリケーションに障害が生じる原因はいくつかあります。ネットワーク内で稼動しているデバイスの電源やソフトウェアをリセットしたり、測定アプリケーションの実行中にデバイスを追加したり取り外したりすることによる障害です。次に、測定アプリケーションがこのような障害を把握し、調整できるようにするいくつかの方法を示します。
エラーの原因の1つは、ネットワーク同期の損失です。IEEE 802.1ASでは、グランドマスタ (GM) クロックと呼ばれる基準クロックが選択アルゴリズムにより自動的に選択されます。この選択はクロックの品質、トレーサビリティ、優先度、あるいは必要に応じてデバイスのMACアドレスに基づきます (MACアドレスは常に一連の同一デバイスに対してGMを決定します)。この選択は、リセット時などに、一連のIEEE 802.1AS接続デバイスに対し、デバイスが追加される、あるいはデバイスが取り外されるたびに繰り返されます。GMがリセットされるか、またはGMへのパスが壊れた場合、新しいGMが選択されます。操作中にGMが変更された場合も、操作が意図したとおりに同期されるかどうかが想定できないため、NI-DAQmxは「sync lock lost」 (同期ロック損失) エラーを発行します。
もう1つのエラーの原因として同期パスの損失が挙げられます。RSTPとIEEE 802.1ASのメカニズムは個別に動作するため、異なるリンクを使用できます。つまり、データ転送を破壊せずに同期を破壊する可能性があります。
NI-DAQmxには、アプリケーションがこれらを含むエラーを処理できる機能が備わっています。同期の一時的な損失に敏感でないアプリケーションでは、「stop on sync lost」 (同期損失時に停止) プロパティを「FALSE」に設定してください。これらのアプリケーションは「sync lost」 (同期損失)プロパティを確認して、同期が失われたかどうかを検出できます。一般に、高い信頼性要件のあるアプリケーションはシャーシごとに1つのタスクを使用します。これにより、デバイス障害をできる限り隔離して、システム内のノードに障害が発生した場合や一時的に取り外された場合に、影響を受けるチャンネルの数を最小限に抑えます。
測定アプリケーションでシステム障害を回復できない場合、あるいはネットワークがデータ用のパスを検出できない状況においてネットワーク内の接続に障害が発生したり、損傷があったりした場合のベストプラクティスは、緊急時の対応策を整備して、システムが既知の安全な状態にあるようにすることです。ハードウェアウォッチドッグタイマの使用は、システムにフェイルセーフメカニズムを提供する1つの方法です。ハードウェアウォッチドッグタイマは、システムが正しく動作しているかどうかの監視と特定に使用されます。システムが意図したとおりに動作していない場合、システムを安全な状態に置きます。測定デバイスにハードウェアウォッチドッグタイマが搭載されている場合、不要なイベント時に出力チャンネルを切り換えて、システムへの損傷を防ぐように設定できます。
詳細については、ハードウェアウォッチドッグタイマとNI-DAQmxでの実装方法を参照してください。
NIは、TSNイーサネットベースの分散型測定システムの構築に使用できるさまざまなプラットフォームと製品を提供しています。TSN対応製品の範囲は以下のとおりです。
これらのプラットフォームや製品を網羅する機能の幅があるからこそ、特定の分散型計測アプリケーションのすべてのニーズを満たすために役立つNIソリューションが存在します。
CompactDAQは、組み込み型の信号調整と多彩なI/Oオプションを備えた複合測定モジュール式プラットフォームです。不要な機能に費用を支払うことなく、刻々と変化する要件に適応する柔軟性で、分散型測定のニーズに合わせて最適化されたシステムを構築できます。cDAQ-9185とcDAQ-9189のシャーシは、TSN同期についてはIEEE 802.1AS、RSTP実装についてはIEEE 802.1Qの両方に準拠した統合型スイッチを搭載し、アプリケーションに理想的なトポロジにそれらを統合できます。これらのシャーシは、厳しいテスト環境のニーズを満たす堅牢性を実現できるように構築されています。これらは、-40~70℃の動作温度範囲、最大50 gの耐衝撃性、さまざまな安全および環境の認証、ならびに統合型ハードウェアウォッチドッグタイマを備え、アプリケーションの緊急時対応策としてフェイルセーフメカニズムを提供します。
図5. CompactDAQは、接続機能と信号調節機能をモジュール式I/Oに統合して、あらゆるセンサや信号への直接接続を可能にする堅牢でポータブルなデータ収集プラットフォームです。
CompactRIOハードウェアは、組み込みのリアルタイムプロセッサと、高性能のFPGA、そして、NI-DAQmxまたはLabVIEW FPGAモジュールを使用してプログラミングできる幅広いI/Oオプションを組み合わせたものです。各I/Oモジュールは、FPGAに直接接続するか (タイミングとI/O信号処理を低レベルでカスタマイズ可能)、またはリアルタイムプロセッサにルーティングします (直感的なDAQmx APIを使用して測定・制御が可能)。CompactRIOのコントローラはTSNに対応しており、TSNのテクノロジを組み込みのリアルタイムコントローラに提供します。これらのコントローラは、IEEE 802.1ASプロファイルを使用してCompactDAQと同じCシリーズモジュールとの分散型同期測定を実行できますが、NI Linux Real-Time OSを実行する分散型測定システムホストとしても利用できます。
図6.NI-DAQmxを搭載したCompactRIOを、NI Linux Real-Time、NI-DAQmx、およびLabVIEW FPGAと組み合わせることで、ソフトウェア環境が統合されます。
TSNイーサネットベースの分散型測定システムを設計し、実装する場合に、アプリケーションのニーズを満たすためにシステムの効率性と信頼性を確保する方法がいくつかあります。検討が必要になる重要な項目として、アプリケーションに理想的なトポロジの選択と、理想的なトポロジのニーズを満たすだけでなく、テスト環境に耐え、ニーズに応じてさらに高い信頼性を提供するハードウェアの選択が挙げられます。 これらの要因に対応できるハードウェアを選択する際に、高品質の分散測定システムの構築に適したCompactDAQ、CompactRIO、FieldDAQなどのハードウェアを使用することで、時間、コスト、およびフラストレーションを緩和することができます。
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