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拡散スペクトル通信

概要

このホワイトペーパーでは、拡散スペクトル通信の概念と技術について説明します。この技術は、元々軍事目的で通信の安全性を強化するために開発されました。拡散スペクトルシステムでは、元のメッセージと同じ信号電力で送信しながら、元のメッセージよりも広い周波数帯域にわたって信号を拡散するため、傍受や妨害が起こりにくくなります。このチュートリアルでは、RF、ワイヤレス、高周波数信号およびシステムの概要について説明します。周波数ホッピング (FH) および直接拡散方式 (DSSS) などの主要技術を紹介し、この業界で広く使用されているDSSSに焦点を当てています。信号の拡散と複合化のプロセス、疑似ノイズシーケンス生成におけるmシーケンスの役割、そして拡散スペクトルシステムの能力とセキュリティを向上させるためのGoldシーケンスやWalsh-Hadamardシーケンスなどの上級トピックについても説明します。

内容

概要

拡散スペクトルは、広い周波数帯域にわたって信号を拡散することにより安全な通信を確立する軍事用アプリケーションとして開発されたシステムです。
図1は、周波数領域における狭帯域信号を示します。これらの狭帯域信号は、同じ帯域のその他の信号によって簡単に妨害されます。また、信号の周波数帯域が固定され狭いため検出されやすく、傍受される場合もあります。

図1:妨害または傍受されやすい狭帯域信号

拡散スペクトルの背後には、元のメッセージよりも広い帯域幅を使用しながら、同じ信号電力を維持するという考え方があります。 拡散スペクトル信号のスペクトルには、明確に区別可能なピークがありません。 これにより、ノイズを見分けるのがより困難となるため、妨害や傍受もされにくくなります。 この概念を示したものが図3です。 

このドキュメントでは、拡散スペクトルの基本概念に続いて、拡散スペクトルシステムで最も良く使用される手法の概念について説明します。最後のセクションでは、上級トピックについて一部説明しますが、詳細については触れません。拡散スペクトルシステムの詳細については、参考資料をご覧ください。

一般ブロックダイグラム

以下は、変調器/復調器の入力が拡散発生器である以外は一般的な通信システムのブロックダイアグラムです。以下のセクションに説明が記載されています。

図2:拡散スペクトル通信システムのブロックダイアグラム

スペクトルを拡散するには2つの主な手法があります。
1) 周波数ホッピング (FH): 狭帯域信号が、より広い帯域幅内のランダムな狭帯域の間で切り替わります。
2) 直接拡散 (DS): より広い帯域幅にするためにデータに高速な位相遷移を導入します。

ここでは、一般的に使用される直接拡散方式 (CDMA、UMTS、802.11、GPS) についてのみ説明します。

直接拡散方式 (DSSS)

直接拡散方式 (DSSS) は、より広い帯域幅にするためにデータに高速な位相遷移を導入します。信号の周期Tの時間が短くなると (またはレートRが増加すると)、信号の帯域幅Bが増加します。すなわち、 R = 1/T = 2Bという関係になります (ナイキストレートによる)。

これを説明したものが下図のとおりです。


図3:パルス整形が使用されると、レートおよび周期と帯域幅の関係はになります。

拡散および複合

高速な位相遷移 (チップレート) 信号は、より大きいレート (元の信号の電力は同じ) でより広い帯域幅を持ち、範囲内の帯域幅に対してスペクトルが似ているためノイズと似た振る舞いをします。実際に、拡散スペクトル出力信号の電力密度振幅はノイズフロアに類似します。信号はノイズの下に隠れています。

信号を復元するには、まったく同じ高帯域幅信号が必要です。これは鍵のようなもので、その鍵を認識する復調器のみが復調を行ってメッセージを復元することができます。この「鍵」は実際には擬似ランダムシーケンス (高速な位相遷移) であり、擬似ノイズ (PN) とも呼ばれます。これらのシーケンスはmシーケンスにより生成されます。

mシーケンス

これらのコード (DSSSコード) はすべて、ノイズのようにスペクトルが平らなビットのランダムシーケンスに類似するため、擬似ノイズ (PN) シーケンスとして扱われます。

このシーケンスは、ランダムなパターンを持つように見えますが、図4のシフトレジスタストラクチャ (M = 4、多項式、初期状態「1 1 0 0」) を使用して再現することができます。


図4: mシーケンスのシフトレジスタストラクチャ

ここで、「」はmodulo-2の和を示します。
この方法では、長さのまったく同じシーケンスを生成するためにのみ初期状態が必要です (レジスタがこの状態でロックされるためオールゼロのみは使用不可)。

以下の例を検証します。


最終シーケンスは次のようになります。

1 1 -1 -1 -1 1 -1 -1 1 1 -1 1 -1 1 1

15回目のシフトの後、レジスタの値が再び開始シードとなります。

mシーケンスのプロパティ
周期: 
この数の「1」および「-1」の後、開始シンボルが同じであるためシーケンスが繰り返されます。
自己相関:

離散自己相関の数式は以下のとおりです。

上記のシーケンスを検証します。

11-1-1-11-1-111-11-111

 

以下の演算を実行します。
mシーケンス式 = 15の場合、各値をそれぞれ自乗し、それらをすべて加算します (すべて加算)。

次に、を検証します。



同じ演算を実行します。

= -1 = 

これは各シフトポイントの自己相関です。すべての値を取得してプロットすると、0の前と15の後に15個のポイントがあります。

a)
a) サンプルシーケンスとb) 多項式によるその他のシーケンスの相関
b)
a) サンプルシーケンスとb) 多項式によるその他のシーケンスの相関

図5:a) サンプルシーケンスとb) 多項式によるその他のシーケンスの相関 - LabVIEWおよびMathScriptで作成

上記に示されるように、シーケンスが同期される場合、正確なシーケンスを知るエンドユーザのみがメッセージを復調できます (相関 = 1でピーク)。その他のユーザは元の信号の振幅をごくわずかしか認識しません。これが符号分割多重アクセス方式 (CDMA) の原理で、言い換えると、複数のユーザが同じ周波数と時間を異なるコードで共有するということです。

拡散

QPSKのDSSS通信システムのブロックダイアグラムを、図6に示します。PNシーケンスが同相 (I) と直交 (Q) の両方の成分に導入されています。

拡散スペクトルQPSK変調器のブロックダイアグラム

図6:拡散スペクトルQPSK変調器のブロックダイアグラム

シーケンスには、ノイズのようなスペクトルを持つために (メッセージ信号と比較して) 十分な長さが必要です。以下は、拡散シーケンスレートTとメッセージレートTの関係を示しています。

実際のシステムでは、Nは整数で、各メッセージビットのPNシーケンスの位相シフト数です。たとえば、GPSシステムではN = 1024です。


図7:メッセージの拡散、メッセージの各ビットにPNシーケンス全体が含まれる

新しいメッセージでは、となり、そのため、となります。
出力の組み合わされたベースバンドシーケンスは、です。
ここで、(s)tは送信されるベースバンド波形、p(t)はPN波形、c(t)はビットシーケンスです。

複合化
受信されるベースバンド波形は、送信された波形とチャンネル内のノイズの組み合わせです。

シンプルな相加性白色ガウス雑音 (AWDG) チャンネルモデル

図8:シンプルな相加性白色ガウス雑音 (AWDG) チャンネルモデルLabVIEW Vi 

受信した信号は、拡散シーケンスと再び組み合わされます。ノイズn(t)も同じ手順で処理されますが、相関プロパティはノイズ電力を増加させません。

受信信号は、送信された信号とノイズの組み合わせになります。すなわち、という関係なります。

送信された波形は、PNシーケンスとビットシーケンスの組み合わせで代用できます。

変調器は、この値をPNシーケンスで乗算します。すなわち、という関係になります。

p(t)が同期されている場合、となり、また、p(t)n(t)はノイズにノイズを乗算することになり、別の種類のノイズñ(t) (振幅が類似) が得られます。

図9で理想的な例を検討します。

2人のユーザの元の信号のダイアグラム

図9:元の信号を2人の異なるユーザに対して復元する。ユーザ1は正しいシーケンスを認識し、ユーザ2は異なるシーケンスを認識しているため、出力されるメッセージに多くのエラーが発生する (情報なし)

mシーケンスはPNシーケンスの基礎であり、実際のシステム (GPS) で使用されますが、PNシーケンスはそれだけではありません。拡散スペクトルはCDMAの基礎であるため、最も一般的なシーケンスである、Goldシーケンス (WCDMA) およびWalsh-Hadamardシーケンス (IS-95) の2つについて説明します。

Goldシーケンス

Goldシーケンスでは、mシーケンスのペアに基づいてより多くの異なるシーケンスが生成され、複数のユーザで共有することが可能です。Goldシーケンスは、mシーケンスの推奨されるペアに基づいています。一例として、多項式およびを考慮します。

mシーケンスの推奨ペア1つを使用するGoldシーケンス発生器の例

図10:mシーケンスの推奨ペア1つを使用するGoldシーケンス発生器の例: および

mシーケンスでは長さ25-1のシーケンスが1つのみ得られることに注意してください。このシーケンスを2つ組み合わせることで、それら2つのmシーケンスを含めて最大31個 (25-1) のシーケンスが得られ、異なるCDMAユーザに対する異なる入力メッセージの拡散に使用できる33個のシーケンス (それぞれ長さは25-1) を生成できます。

mシーケンスのペアと2m-1個のGoldシーケンスが、DSSSで使用できる個のシーケンスを形成します。Goldコードの理想的な特性は、1と-1の数が同じでバランスが取れていることです。

Walsh-Hadamardシーケンス

もう1つの一般的なシーケンスは、現在CDMAシステムで使用されているWalsh-Hadamardシーケンスです。Walsh-Hadamardシーケンスは直交 (たとえばは行列の行) で、複数のユーザ間で使用する場合に便利な特性です。各シーケンスはアダマール行列の行であり、に対して以下のように定義されています。



より大きな行列では再帰を使用します。


例:

直交コードは、相互相関に対して理想的な特性を持ちます (シフトが実装されない場合)。

まとめ


上記では、信号をノイズのように拡散できる各種のシーケンスについて説明しました。拡散スペクトルシステムでは、この他にも変調方式、フェーディングや干渉下での性能、CDMAシステムにおける機能などを考慮する必要があります。

拡散スペクトルを使用する上での長所と短所をまとめると以下のようになります。
利点:

  • プライバシー。信号がノイズとして隠れるため安全な通信が行える。
  • 同じ帯域内の他の信号に妨害されない。
  • 周波数と時間を同時に共有できる (CDMA)。
  • 妨害電波に対する保護。

欠点:

  • 高帯域幅 (広帯域回路、広帯域システムのチャンネルモデルが周波数によって異なる動作をする)。
  • 複雑度が増す。

参考資料


[1] G. L. Stüber著、『Principles of mobile communication』 (Kluwer Academic、Boston 1996)
[2] J. G. Proakis著、『Digital Communications』 (第4版、McGraw-Hill Higher Education)
[3] T. S. Rappaport著、『Wireless communications: principles and practice』 (Pentrice Hall PTR、N.J.、1996)
[4] T. Pratt、C. W. BostianおよびJ. E. Allnutt著、『Satellite Communications』 (第2版、John Wiley publication, 2002)
[5] R: Prasad, T. Ojanperä著、『An Overview of CDMA Evolution Toward wideband CDMA』 (IEEE communicationsによるアンケート、Vol. 1、No. 1 Q4 1998)

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