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伊藤 功 氏、東京大学物性研究所 軌道放射物性研究施設
直流積分磁場測定に要する時間を短縮するシステムを構築する。
NI LabVIEW Real-TimeモジュールとNI PXIハードウェアを使用して、フリップコイル直流積分磁場測定システムを構築します。
伊藤 功 氏 - 東京大学物性研究所 軌道放射物性研究施設
(Mr. Ito Isao - Synchrotron Radiation Laboratory, Institute of Solid State Physics, University of Tokyo)
東京大学の研究者は、大型放射光施設SPring-8で最先端の物質科学のための高輝度軟X線ビームラインを構築しました (図1)。
ビームラインに偏光制御アンジュレータを設置し、放射光の偏光の切り替えを実現しました (図2)。アンジュレータとは、電子ビームの軌道を繰り返し曲げることで、高輝度の放射光を発生させる装置です。
偏光制御アンジュレータは、水平偏光を発生するアンジュレータ4台と、垂直偏光を発生するアンジュレータ4台で構成されています。アンジュレータは、電磁石型移相器を挟んで交互に配置されています。移相器には、3つの偏光電磁石が、磁極が交互に反転するように並べられています。移相器を励磁すると、周期的に入れ替わる交番磁場が発生します。電子ビームが交番磁場を通過する際は、バンプ軌道をたどります。このバンプ軌道では、水平偏光と垂直偏光の間に位相差が生じます。この位相差を制御し、水平偏光と垂直偏光を重ね合わせることで、直線偏光と左右円偏光を発生させることができます。
偏光制御アンジュレータで高品質の放射光を生成するには、移相器が次の条件を満たす必要があります。
これらの条件を満たすために、移相器のプロトタイプの設計と製作を行ってきました (図3)。
この移相器に求められる性能評価を行うため、直流磁場を測定しています。NIのハードウェアとソフトウェアに基づいてシステムを開発する前に、ホールプローブと3次元ムーバで構成された直流磁場測定システムで測定を実行しました (図4)。
このシステムは、3次元ムーバを使用してホールプローブを移相器内に少しずつ入れていきながら磁場分布を測定し、移動距離の積分を実行します。しかし、このシステムは、磁場の安定性と再現性の評価に移相器中の一点のみの値を測定することしかできないため、条件 (1) を評価するには不十分でした。さらに、このシステムでは、ホールプローブを移相器の入力から出力まで少しずつ動かしながら直流磁場分布を測定するため、測定に3時間程度の時間がかかり、条件(2)の評価において電源や計測デバイスの温度依存性の影響が無視できなくなります。そこで、高速かつ高精度に直流積分磁場を測定可能なフリップコイル直流積分磁場測定システムを開発しました。
図5は、フリップコイルによる直流積分磁場測定の主要図を示します。
図5に示すように、コイル (巻き数=N、長さ=L、幅=W) が直流磁場 (B0) 内で回転すると、次の式のようにコイルに誘導電圧 (V) が発生します。
さらに、誘起電圧を回転時間で積分する場合、積分磁場 (B0L) は次の式で求められます。
この方法では、フリップコイルの回転時間内に測定を実行するため、電源や計測デバイスの温度依存性の影響を受けません。
フリップコイル直流積分磁場測定システムには、次の要件が必要でした。
これらの要件を考慮して、NI LabVIEW Real-TimeモジュールとNI PXIシステムを選択し、フリップコイル直流積分磁場測定システムを構築しました。
図6は、フリップコイル直流積分磁場測定システムの外観とブロック図を示します。
フリップコイルは、600 mm x 5 mmのガラスエポキシのボビンに、直径0.2 mmの銅線を10回巻いたものです。コイルの回転には、オリエンタルモーター製ステッピングモータ (RK566BE) を使用しています。回転速度は0.5~1秒ごとに180度です。オムロン製インクリメンタルエンコーダ (E6B2-CWZ6C) を使用して、コイルの回転角度を測定します。
同時サンプリングNI PXIマルチファンクションデータ収集 (DAQ) モジュール、追加のPXIマルチファンクションモジュール、NI PXI高速電圧出力モジュール、モーションコントローラ、NI組み込みPXIコントローラを使用して、フリップコイル制御システムを構築しました。 これらのデバイスは、LabVIEW Real-Timeで作成したVIを使用して制御されます。
制御手順として、高速電圧出力モジュールから電源に外部基準信号を送信しました。 電源は、外部基準信号に対応する電流を移相器に流します。移相器に送られる電流は、毎秒0.1 Aずつのランプ制御で増減されます。直流電流によって移相器が励磁されると、モーションコントローラがフリップコイルを回転させ、フリップコイルの回転角度 (エンコーダ信号) と移相器の直流磁場 (フリップコイル誘導電圧) を2つのDAQデバイスで同期 (20 MHz) を取りながら計測します。フリップコイルの誘導電圧は微弱なため、低ノイズプリアンプで増幅しています。式aとbを使用して、測定された誘導電圧を積分磁場に変換します。以上の制御手順は、リアルタイムOS上で実行されます。図7は、「フリップコイル制御」VI (Control Flip Coil.vi) のフロントパネルを示しています。
電流を制御するPXI高速電圧出力モジュールは0.3 mVの分解能でアナログ信号を出力できるため、このアナログ信号を電源の外部基準信号端子に入力することで、移相器に流れる電流を0.3 mAの分解能で制御できます。 これは要件Aを十分に満たしています。
同時サンプリングDAQモジュールには16ビットのA/D変換器 (ADC) があり、最小±1.25 Vのダイナミックレンジで測定できるため、分解能は2.5 V/216=40 μVです。 このDAQモジュールと20 dBのゲインを持つ低ノイズプリアンプを使用すると、0.4 μVの分解能 (40 μV/100) を実現できます。0.4 μVの分解能を式bを使用して積分磁場に変換すると、2 G x cmになります。これは要件Bの分解能を十分に満たしています。
電圧出力モジュールとDAQモジュールの両方が同じクロック速度 (20 MHz) を使用するため、移相器の電源と積分磁場の計測を50 nsの精度で同期できます。 また、組み込みPXIコントローラにはリアルタイムOSが搭載されているため、制御プログラムは割り込みなどで中断されることがなく、マイクロ秒レベルの時間確定性で実行されます。これは要件Cを十分に満たしています。
LabVIEWのグラフィカルプログラミングと豊富な関数を利用して、テスト内容に合わせた制御プログラムを簡単に作成できます。たとえば、NI-DAQmx関数とエラー配線を使用して、モーションコントローラと2つのDAQモジュール間の同期を容易に実現できました。さらに、移相器に電流を流す場合に一定時間間隔で電流を上げるランプ制御プログラムを、LabVIEW を使用して簡単に作成しました。これは要件Dを十分に満たしています。
図8 (左) は、移相器の中央の磁石のみで約640 Gの直流積分磁場を発生させた場合のフリップコイル誘導電圧を示しています。フリップコイルは、180度/0.8秒の速度で反時計回りに回転します。図8 (右) は、回転速度で積分した誘導電圧を示しています。この測定を5回繰り返して平均値の標準偏差を求めた結果は、0.12230±0.00004V・sとなりました。N = 10、W = 5.2 mmであるため、式bから直流積分磁場は10888±4 G・cmとなります。
LabVIEWとNI PXIシステムで構築されたフリップコイル直流積分磁場測定システムは、0.3 mAの分解能の電流ランプ制御と、2 G x cm分解能の積分磁場測定を実現しました。これにより、従来は約3時間かかっていた直流積分磁場測定を1秒以下で実行することが可能になりました。このフリップコイル直流積分磁場測定システムによって、実用的な安定性と再現性を持った評価試験が実現できるようになりました。