高分解能デジタルマルチメータ (DMM) を使用して、非常に低レベルの信号を測定することができます。たとえば、NI PXIe-4081 DMMの分解能は7½桁で、ナノボルト、ピコアンプ、マイクロオーム範囲での測定が可能です。スイッチシステムをDMMの前に使用することで、このような低レベル測定を行う機能が低下するのではないかとよく懸念されます。このドキュメントでは、効果的な低レベル測定を行う上での基本指針を示し、これらの指針に最適なリレータイプ、推奨するNIスイッチ、また低レベル測定におけるその他のヒントやテクニックについて説明します。
すべての低レベル測定において使用すべきいくつかのテクニックがあります。
低電圧測定における一番重要な事項は、リレーに関連する接触電位とオフセット電圧です。
2種類の異なる金属が接触すると、電圧が発生します。この電圧は、接触電位またはゼーベック電圧として知られています。ゼーベック電圧は接点温度および接触した金属構成に依存します。特定の異なる金属が接触すると、特定の温度係数 (μV/℃) であるゼーベック係数を生成します。以下の表は一般的な金属の組み合わせおよびそのゼーベック係数を記載しています。
接点 | μV/℃ | |
| <0.3 | |
| 0.5 | |
銅と銀 | 0.5 | |
銅と黄銅 | 3 | |
銅とニッケル | 0.5 | |
銅と錫鉛はんだ | 1-3 | |
銅とアルミニウム | 5 | |
銅とコバール | 40 | |
銅と酸化銅 | >500 |
メカニカルリレーのリード線は通常金属合金 (通常は、鉄ニッケル系合金) から構成されていますが、スイッチモジュールのPCBは通常銅または銅系合金から構成されています。これらの接触点には、異なる種類の金属が使用されるため、下の図に示すように熱電対が作成されます。
メモ: リレーに作成された熱電対は、接点温度に依存します。接点温度は、周囲温度、アクティブリレーの数、スイッチモジュール内の通気、および隣接スロットに接続されているスイッチモジュールの種類によって異なります。 |
信号パスは、単一リレーまたは複数リレーを通過します。単一パスにおけるすべての熱電対の合計は、接触電位として表されます。接触電位は、単一パス (単線式) または差動パスの接触電位として指定されます。下の図は、単一パスで測定された接触電位を示します。
下の図は、差動パスで測定された接触電位を示します。
接触電位を最低限に抑えるには、「低電圧測定におけるその他のヒントやテクニック」を参照してください。
上記の説明は、メカニカルアーマチュアリレーおよびリードリレーにも当てはまります。FETおよびSSRスイッチには、リードリレーやアーマチュアリレーと同じ意味での接触電位は存在しませんが、リレー回路内のトランジスタの過熱によるオフセット電圧が存在します。このオフセット電圧は、アーマチュアリレーとリードリレーの接触電位に相当するもので、単位も同じものを使用するため、4つのすべてのリレータイプ間でサーマルオフセット比較することができます。
接触電位またはオフセット電圧の定格値はスイッチ全体のモジュールに対する値です。たとえば、NI PXI-2503の接触電位は2 μV未満です。この値はスイッチモジュールの各リレーにおける接触電位で、モジュール全体の接触電位の値ではありません。さらに、これは信号パスが選択したスイッチのトポロジやチャンネルによって数が変動するリレーを通過するという最悪のシナリオを基にした値です。
スイッチおよびDMMを使用して電圧を測定する場合、全体的なシステム確度の計算において接触電位を考慮する必要があります。
たとえば、DMMの確度が4 μVで、スイッチの差動パスにおける接触電位が3 μVの場合、システム全体の確度は次のように算出されます。√(4² + 3³) = 5 μV
そのため、50 mV信号を測定する場合、全体的なシステム確度は0.01%になります。
メカニカルアーマチュアリレーのサーマルオフセットは比較的低く、1 μV未満から約10 μVの範囲です。たとえば、NI PXI-2503のサーマルオフセットは2 μV未満です。さらに、ラッチ型リレーはコイルによる過熱がないので測定に影響を与える起電力を抑えることができ、非ラッチ型リレーよりも好まれます。
従来、リードリレーの方が接触電位が高く、5 μVから50 μVを超えます。これは、リードリレーを構成する磁性体によるものです。たとえば、NI PXI-2530Bリードスイッチのサーマルオフセットは50 μVです。
FETリレーのサーマルオフセットはメカニカルアーマチュアリレーとほぼ同じです。たとえば、NI PXI-2501FETスイッチのサーマルオフセットは2.5 μVです。
SSRリレーのサーマルオフセットはメカニカルアーマチュアおよびFETスイッチよりも大きくなります。たとえば、SCXI-1128 SSRスイッチのオフセット電圧は0~25℃で25 μV未満です。
PXI-2501マルチプレクサ/マトリクス、PXI-2503マルチプレクサ/マトリクス、PXI-2527マルチプレクサ
上記のスイッチのサーマルオフセットはすべて低く、低電圧測定に最適です。さらにPXI-2501には、リレースキャンレートが15,000動作/秒という高速スイッチ切り替え機能が追加されました。これに対し、メカニカルアーマチュアリレー (PXI-2503、PXI-2527) では100動作/秒です。しかし、アーマチュアリレーのサーマルオフセットは通常FETスイッチのサーマルオフセットよりわずかに低くなります。
測定室で正確な測定を行うために使用される一般的なテクニックは、測定した後リード線の切り替え、同じ操作を繰り返し、それらの読み取り値を引き算して平均する方法です。
接触電位は常に接続部分に存在しますが、温度に依存するので、それに気をつければ誤差を最小に抑えることができます。接続点で温度変動がない場合、熱電圧は安定しているため修正可能です。問題 (たとえば、オフセットドリフト、不安定性、微小周波数ノイズ) はこれらの接点間で発生する温度変化に起因します。温度変化を防止するには、接点における熱平衡を乱す気流の流れを抑制します。「接点および接続点を平衡温度に保ち、物/人の動きやファンなどによる大気の流れから離れたところに設置する」というのが低電圧測定におけるもう1つのルールです。接点を一般の発泡パッド (発泡スチロールのシートでも可) で包んだり、装置のヒートシンクや太陽熱などの熱源から離して設置したりして、熱防止対策を施すことで、これらの温度差を防止できます。
銅が酸化すると、ゼーベック係数は数百 µV/℃単位で容易に増加する可能性があります。低電圧測定におけるもう1つのルールが、「接続点を清潔に保つ」となるのはこのためです。1つのオプションは、鉛筆用の消しゴムを使用して裸線が光るまで磨き、消しゴムのかすを紙タオルで拭き取ります。もう1つの方法は、市販のクリーニングパッドを使用してワイヤを掃除します。接続点を掃除した後は、指で接点を触らないようにします。人体の油分は腐食性が高く、多くの金属で酸化を加速します。
もう1つの問題は、アーマチュアリレーの接点上についた微細粒子を消散するために必要な電流です。リレーが開状態のとき、閉じた位置の接点上に微細な粒子が付着します。接点が接触すると、接続するためにこれらの粒子を消散する微小電流が必要になります。小さなリレーではこの値はmAの範囲です。最大電流定格が高いリレーでは、接点が大きいため微細粒子が付着する範囲も広く、これらの粒子を消散するためにより多くの電流が必要となります。リードリレーでは、接点が希ガスでカプセル化されているためこの問題がありません。
PXI-2530Bマルチプレクサ/マトリクス、PXI-2532マトリクス
上記のスイッチモデルはリードリレーを使用しているため、極めて優れた選択肢です。
低レベル測定は、高レベル測定では無視できる誤差やノイズ源の影響を受けます。低レベル信号に関しては、理想的な絶縁素材はありません。素材によって絶縁の度合いに差があります。適切なケーブルおよび相互接続部品を選択することが大変重要です。
低レベル電流測定を行う場合、ノイズおよびエラーソースが10µA以下で測定に影響を与える可能性があります。測定の整合性を保つために、下の表にある推奨事項を考慮してください。
エラーまたはノイズソース
| 原因
| エラーレベル
| 推奨対策
|
入力バイアス電流 |
| 通常周囲温度23℃で10 pA (工場キャリブレーションでは、この温度で0)。 |
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不良絶縁による漏れ電流 | 低レベル電流の測定時には、絶縁体の漏れ電流が関連付けられる。高インピーダンスポイントおよび近隣の電圧ソース間に電流が流れる。 | 絶縁素材の抵抗性に依存する。次の例を参照:
| DUTのテスト装置が意図するテストに最適な素材を使用して作られ、汚れがない状態であることを確認します。 |
摩擦電気によるノイズ電流1 | ケーブルを動かすことにより、電流が生成される (絶縁体と伝導体が相互に摩擦しあうことに起因する電荷の移動が原因)。 | ポリエチレンケーブル (例としてRG-58) では数千pA。 |
|
圧電によるノイズ電流2 | 絶縁体にメカニカルストレスがかかっている場合、電流が生成される。 | ポリエチレンでは数千pA。 |
|
汚染物質および湿度による誤差電流 | 湿度および汚染物質の増加に伴い絶縁被覆抵抗が低くなる。この両要素の組み合わせにより電気化学的起因による少量の電流が生成されます。 | pA~µA程度。 |
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電磁波妨害および電界によるノイズ電流 | 周囲環境装置 (モーター、電源ケーブル、振動装置) によってノイズ電流が発生する。測定装置の近くで人や電荷をもつ物体が動くことで静電結合が起こる。 | 近接性、デバイスのシールド、および相対動作のマグニチュードにより、約nAおよび数十µA。 |
|
負担電圧 | 下記の負担電圧のセクションを参照 | 測定対象の回路に依存する | 回路で電流を測定中、負担電圧に起因する誤差に関連性があるかどうか計算します。負担電圧セクションの例を参照してください。 |
外部スイッチによる漏れ電流 | 低レベル電流の経路設定に使用する外部スイッチが漏れ電流のソースとなることがある。 | スイッチ、周囲環境の温度、湿度に依存する。 |
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1摩擦電気効果は特定の複数絶縁被覆を互いに擦りつけることで発生する静電気現象と比較できます。たとえば、テフロンと銀の組み合わせは、電流ノイズの原因となる非常に高レベルの摩擦電気を生成します。 2圧電効果は、音波または物理的振動からの圧力変化を微細な電圧信号に変換するセンサにおいては有用ですが、ケーブルおよび相互接続装置においては多大な悪影響をもたらします。 |
負担電圧とは、電流計内を流れる電流によって生じる電圧降下のことです。負担電圧が大きいと、測定を行う回路に影響を与え、測定が不確実になります。このため、負担電圧はできるだけ小さく保持することが望ましくなります。
次の図は、負荷5 Ωkの1.5 Vソースを示しています。回路上の電流を測定するために、電流計が回路に直列に接続されています。この図では、電流計の負担電圧は0.5 Vです。
負担電圧なしの状態 (図a) では、電流は次のように算出します。
Iactual = 1.5 V / 5 Ω
Iactual = 0.3 A
負担電圧がある状態 (図b) では、この回路上の電流は次のようになります。
Imeasured = (1.5 V-0.5 V) / (5 Ω)
Imeasured = 0.2 A
上図では、電流計の負担電圧を、抵抗5 Ωの電圧から減算します。結果として、測定に大きな誤差がでます。この例では、負担電圧による誤差は33%になります。このような問題は、シャント抵抗を使用して、デジタルシステムで汎用されている3.3 V未満の論理電圧による電流を測定する場合によく起こります。
レンジあたりの最大負担電圧については、使用しているDMMの仕様書を参照してください。
電流計の負担電圧による誤差を削減するには、次のような方法を使用できます。
パス抵抗は低抵抗信号を切り替える際の主な問題点です。パス抵抗はソフトウェアで測定値から校正できますが、大きなパス抵抗でスイッチを使用する場合、大きなゲインまたはレンジのDMMを使用する必要があります。これにより、測定を行う際の分解能を下げる結果となります。詳細は、上記の低電流にある「パス抵抗」のセクションを参照してください。
100 kΩ未満の抵抗を精度を上げて測定する場合、2線式モードよりも4線式を使用することでより正確な測定を行えます。4線式モードは4線式スイッチと多くのケーブル配線が必要になりますが、非常に低電圧である場合は強く推奨されています。
次の図は、リード線抵抗を含む4線式抵抗測定を示します。
4線式抵抗測定では、電流は強制的にソース端子 (HI、LO) を流れるようになっています。検出端子 (HISENSE、LOSENSE は非常に高インピーダンスであるため、電流は検査対象抵抗 (RUT) を経由するようになります。結果として、RUT、RLEAD1およびRLEAD4で電圧が発生します。電圧を、SENSEのリード線 (RLEAD2、RLEAD3) によって直接RUTを測定することで、ソースリード線 (RLEAD1, RLEAD4) の電圧降下は測定経路から外れます。
オフセット補正抵抗 (OCO) を使用せずに測定を行う場合、接触電位とオフセット電圧のみが要因となります。オフセット補正抵抗はDMMの機能で、抵抗テストシステムにおけるオフセット電圧を除去します。この測定には下の図に示すように2つのサイクルが含まれます。最初の図は電流ソースをONにした最初のサイクルを示します。
2番目の図は、電流ソースがオフのときの2番目のサイクルを示しています。
2つの計測間の違いが最終結果となります。これは、両サイクルでオフセット電圧が存在するため減算され、抵抗の計算に影響を与えないためです。
メカニカルアーマチュアリレーおよびリードリレーは共にパス抵抗が低いため、低抵抗測定に最適です。たとえば、PXI-2503アーマチュアスイッチのパス抵抗は1 Ω未満で、PXI-2530Bリードスイッチのパス抵抗は2 Ω未満です。FETとSSRスイッチは、パス抵抗が通常kΩレンジであるため推奨されません。
PXI-2503マルチプレクサ/マトリクスのアーマチュアスイッチでは、パス抵抗が非常に小さくなります。速度が重要な場合、PXI-2532マトリクスおよびPXI-2530Bマルチプレクサ/マトリクスのリードスイッチで高速スイッチングを実現できます。