シグナルインテリジェンス戦略、集録から解析まで

概要

シグナルインテリジェンスとは、通信システムに対する電波による妨害や、通信システムの不正利用を目的とした侵害などに対処するためのアプリケーションのことを指します。本稿では、そうしたアプリケーションの目的について具体的に紹介します。主題となるのは、間欠的・バースト的なRF信号を解析するために必要となる手法についてです。また、多くのシグナルインテリジェンス・アプリケーションにおいて、干渉信号の電力や周波数、位相を長時間にわたって評価するためには、きめ細かいカスタマイズが可能な高度な信号処理方法が必要になる理由についても説明します。

内容

はじめに

ベンチトップ型のベクトル信号アナライザやスペクトラムアナライザには集録可能なデータ容量の面で限界があります。そのため、これらの計測器を使用する従来の手法では、シグナルインテリジェンスにおける多くのケースに対して十分に対応することができませんでした。しかしながら、その状況は、PCの分野でPCI Expressバスや高速なハードディスクドライブといった革新的な技術が生み出されたことにより変化しつつあります。それらの技術により、RF信号をディスクにストリーミング(以下、RFディスクストリーミング)するシステム内で、PXIベースの計測器を既製の計測器とともに使用できるようになったのです。実際、今日のPXIベースのRFディスクストリーミング・ソリューションでは、最大14 GHzのRF帯域の信号を連続的に記録できるようになっています。一般的に言えば、2 TBの容量を持つRAID(Redundant Arrays of Inexpensive Disks)システムによって、帯域幅が最大20 MHzのRF信号を5時間以上にわたって記録することが可能になりました。本稿では、そうしたRFディスクストリーミングシステム技術についての説明は割愛します。これについては、「電波信号の記録と再生」をご覧ください。

シグナルインテリジェンス目的

本稿では、2種類の干渉信号の検出や解析に用いられる一般的な手法について解説します。ここで言う2種類の干渉信号とは、通信チャネルに対する妨害信号となるジャミング信号と、通信インフラの不正利用を試みる侵害信号(パイレーツ信号)のことです。どちらも干渉信号として見なされるものですが、両者が使われる動機に大きな違いがあるため、その評価に用いられる解析手法も異なるものとなります。

ジャミング信号解析方法

特に軍事分野においては、通信チャネルに対する妨害を目的としたシステムからの干渉信号を検出しなければならないことがよくあります。この種の干渉信号(ジャミング信号)は、本来の通信信号を妨害するために、対象となる帯域内に生成された望ましくない電力というかたちで現れます。

ジャミング信号として使用される信号にはさまざまな種類があります。よく見られるものとしては、シングルトーン信号、ランダムホワイトノイズ信号、パルス信号、周波数ホッピング信号、変調された偽の通信信号などがあります。それぞれの信号には、効果、電力要件、生成しやすさ、検出しにくさの面でトレードオフが存在します。例えば、既存の通信チャネルに単一のキャリアを生成するのは比較的容易なことです。しかし、単一のキャリアは妨害の効果がないケースが多く、検出も容易です。一方、広い帯域にわたるホワイトノイズは、通信リンクの妨害という目的に対しては、非常に効果的なものだと言えます。ただし、それにはかなりの電力が必要となることに加え、信号が周期的なものでない場合には検出が容易です。

ジャミング信号としてより注目すべきものとしては、パルス信号や周波数ホッピング信号があります。多くの場合、これらは効果的であることに加え、従来のスペクトラムアナライザでは検出が困難である可能性があります。検出が困難な理由は、対象となる信号について、時間軸と周波数軸の両方の情報を取得しなければならないからです。この情報取得を実現するものとしては、PXIベースのRFディスクストリーミングシステムを使用して、RF帯域の特定部分を数時間捕捉するという方法が挙げられます。信号を記録したら、ジャミング信号の電力、周波数、タイミング特性を解析するために、通常は次のうちいずれかの手法を使用します。それは、高速フーリエ変換(FFT)に基づく解析と、時間/周波数共同領域解析(JTFA)の2つです。

FFT(高速フーリエ変換)基づく信号解析

ジャミング信号に対してFFTに基づく解析を行う場合には、インライン処理と後処理(post processing)のうちいずれかの処理方法を適用することができます。インライン処理には、直ちに結果が得られるという利点があります。しかし、より詳細なデータを取得したい場合には後処理を選ぶべきです。この後処理の方法について、図1に示したジャミング信号(パルス信号)のグラフを用いて説明します。

図1. ジャミング信号の電力と時間の関係

図1からわかるように、集録を連続で行えない場合には、次々に発生するジャミング信号のパルスを検出するのは困難な作業となります。この問題を解決する策としては、RFデータを一定の時間、連続して記録しておき、それが完了してから解析を行う方法があります。

この場合、大量のRFスペクトラムを長時間にわたって集録してからブロックごとに解析を行うことになります。この手法では、パルスの継続時間(パルスの長さ)に合わせてFFTサイズを調整することが可能です(図2)。

図2. FFTを使用して後処理を行う手法

図2からわかるように、データを後処理する方法を選択すれば、ジャミング信号のパルスの長さに応じてFFTサイズを調整するというカスタム対応を図ることができます。この手法では、時間の経過に伴って電力が拡散することの影響を低減できるため、最も正確にパルスの振幅を評価することができます。以下、この点について説明します。

信号の集録時間は、分解能帯域幅(RBW)によって決まります。このRBWは、信号の過渡的な表示電力レベルに影響を与える可能性があります。バースト信号の振幅は、数μsという短い時間しか現れないことがあり、長時間の集録を行う中ではその電力が時間とともに拡散する(埋もれてしまう)ことがあります。この問題を回避するために短い集録用ウィンドウを使用することで、干渉信号の周波数と振幅をより正確に評価することが可能になります(図3)。

 

図3. RBWが小さい場合と大きい場合の電力と周波数の関係

図3は、ジャミング信号(バースト信号)に対するFFT結果を示したものです。1つ目のグラフのほうが大きな集録用ウィンドウを使用しています。集録時間が長いほどRBWは小さくなりますが、ジャミング信号のパルスの振幅も小さくなります。

この例からわかるように、連続したRF信号を後処理する方法を選択した場合、FFTサイズを調整可能であるというメリットが得られます。この手法では、FFTウィンドウをパルスのタイミングに正確に合わせることによって、周波数領域の特性をより正確に把握することができます。

JTFA(時間/周波数共同領域解析)による信号解析

JTFAは、干渉信号について、時間と周波数の両方の情報を取得するためのもう1つの方法です。JTFAでは、スペクトログラムを利用します。上述したFFTベースの手法と同様に、スペクトログラムは、連続する大量の時間領域データに対してFFTを適用することによって生成します。処理の結果得られたデータは3Dプロットとして表示することが可能です。例として、スペクトログラムから得られたデータを3Dウォーターフォールグラフとしてプロットした結果を図4に示します。

図4. 3Dスペクトログラムの利用したJTFAの結果

図4からわかるように、スペクトログラムを使用すれば、電力と周波数の両方を時間軸上に表示し、より詳細なデータを可視化することができます。図4からは、このジャミング信号は持続時間が短い(約25 μs)ことがわかります。また、スペクトログラムの周波数の遷移も見てとれます。この例の場合、中心周波数が2.009 GHzから2.016 GHzに移動していることがわかります。従来のスペクトラムアナライザでは、電力と周波数の関係しか捕捉できないため、上図のようなタイミング情報までは得られないということがポイントです。また、ベクトル信号発生器が長時間にわたってタイミング情報を捕捉できることも、RFディスクストリーミングソリューションならではの利点です。

図4に示したジャミング信号で注目すべき点は、小さな周波数帯域幅において電力がほぼ一定であるということです。このことから、この干渉信号はキャリアによって増幅された同期パルスであるということを特定できます。参考のために、この種の信号を時間軸と周波数軸で解析した結果を図5に示します。

 

図5. キャリアによって増幅された同期パルスの時間軸/周波数軸での解析結果

図4と図5のスペクトログラムに示された同期パルスは、本質的に周期的な信号なので、従来は検出が困難でした。しかし、スペクトログラムを用いてこの信号にJTFAを適用すれば、パルス間の時間、パルスの帯域幅、パルスの振幅といった特性を解析するために必要なタイミング情報を得ることができます。

干渉信号傍受

続いて、通信インフラの不正利用を試みる侵害信号について説明します。この侵害信号は、いわゆるピギーバッキング(通信インフラの不正利用)を目的としたものです。例えば、独自の通信チャネルを中継方式で伝送するために、通信事業者の中継電波塔を不正に利用しようと試みるケースがこれに該当します。中継局は指定された帯域の信号を単に増幅するためのものですが、不正利用者が自分の信号を正規の信号と同様に増幅する目的で使用されてしまう可能性があるのです。

この問題への対処策としても、特定の帯域幅の信号を連続してディスクに保存するRFディスクストリーミング手法が有効です。それにより、特定のパケット信号を傍受(パケットスニッフィング)することが可能になります。データをいったん集録しておけば、後から多様な手法を適用することができます。つまり、ジャミング信号の解析と同様に、FFTやJTFAなどの後処理を行うことで、干渉信号の周波数、電力、振幅に関する情報を取得することが可能になります。また、このパケットスニッフィングについては、復調処理によってベースバンド波形を得ることも可能です(図6)。

 

図6. NI LabVIEWモジュレーションツールキットによるベースバンド波形の解析

図6は、ハードディスクに保存したベースバンド波形のデータを、NI LabVIEWが備える多数の復調サブルーチンを用いて解析する様子を表しています。この図には、LabVIEWモジュレーションツールキットに含まれるPSK、QAM、FSKの各復調用ルーチンのアイコンが示されています。実際には、同ツールキットはASK、FM、AM、PM、CPM、MSK用の復調ルーチンに加え、カスタムの復調ルーチンも提供しています。

未知のキャリア信号を復調するのは、容易なことではありません。デジタル変調されたキャリアのビットストリームを正確に返すには、キャリアのシンボルレートを知ることが重要です。シンボルレートは、チャネル幅から推測することができますが、通常は、既知の通信規格のシンボルレートを順次使用して実験的に特定する必要があります。

干渉信号を復調することによって、通信チャネル上で伝送される個々のビットストリームの解析を行うことができます。この情報を既知のプリアンブル情報と照合することによってデコードできるケースもあります。通常は、ビットストリームから意味のある情報をデコードすることが最大の課題となります。

まとめ参考資料

シグナルインテリジェンス・アプリケーションでは、干渉信号の検出や解析を行うために、より高度な処理が必要とされるようになっています。それに伴い、計測器に対する要求もより高くなってきました。本稿では、ベクトル信号アナライザとともにディスクストリーミングシステムを使用して、後処理のために詳細なデータを取得する方法について説明しました。本稿で示したとおり、それには、カスタム対応を図ったFFT、JTFA、各種変調方式に対応した復調用解析ルーチンを利用することができます。PXIベースのRFディスクストリーミングソリューションの詳細については、以下の資料を参照してください。